洞窟の入り口に、小柄な少女の影が二つ。 魔術師フィナと、スラムの少女テルシェである。 洞窟を出たフィナとテルシェは 次の目的地について相談していた。 「……で、フィナ。  アタシたちはどこに行けばいいと思う?」 「そうねぇ……悩みどころだけど、  とりあえず、A−3の町にでもいかない?  現在地からすると、E−1の神殿とかのほうが近いけど、  こっちのほうが他の参加者と出会える確率が高そうだし」 フィナは地図を確認しながら、テルシェに答える。 「町ねぇ……でも、殺人者とかもそう考えて、  町を目指すんじゃないのか?」 「まぁ、そこは何とも言えないけど……。  とはいえ、受け身で動いてても仕方ないでしょ?  この殺し合いには3日という時間制限と  禁止エリアっていうルールがあるんだから、  危険を承知で積極的に情報を集めていかないと、  殺し合いの主催者に対抗するには間に合わないわよ」 フィナの言葉に、テルシェが首を傾げる。 「?……対抗って……ばれないように首輪を外して、  その後に主催者をぶっ殺せばいいんじゃないのか?」 「……いや、だから、そのためには情報が必要でしょ?  この首輪がどうやったら安全に外せるのかとか、  主催者の人数や戦力の構成の把握とか……」 「……それ、他の参加者に会えば分かることなのか?」 自分たちと同じ立場の他の参加者たちが、 そこまで重要な情報を握っているのだろうか。 テルシェは、フィナの言葉に疑問を向ける。 「いろいろと分かる可能性はあると思うわよ。  この首輪、少なくとも魔道具であることは確かだから、  魔道具関連の知識を持った人……例えば、ディアナとかの  見解を得られれば、首輪を安全に外す方法についても  何か分かるかもしれないしね」 フィナは自分の首輪につつ、と触れながら答える。 「それに、私たちはどうやってここに連れてこられたか覚えていないけど、  他の参加者の中には覚えている人もいるかもしれないでしょ?  連れてこられる前の状況を知ることができれば、主催者について  いろいろと見えてくることもあるはずよ」 「……ん……そっか、なるほど……」 あまり頭の良くないテルシェは、フィナの言葉を 頭の中で噛み砕き、理解するように努める。 「そんなわけで、町を目指すわ。いいわね、テルシェ?」 「ああ、分かった」 相談が終わった二人は、A−3の町へ向けて歩き出した。 先を歩くフィナの後ろを付いていきながら、テルシェは考える。 とりあえず、自分やレミルがこの殺し合いを生き残るためには 他の参加者から情報を得ることが重要らしいとは理解できた。 ……そして、その得た情報を活用して生き残る手段を考えるのは、 自分やレミルでは無理がありそうだということも。 (……よし、とりあえず頭の良いヤツは絶対に必要だな。  魔道具に詳しくて、忌み子にも優しいヤツが……) そこまで考えて、「ん?」とテルシェは疑問に思う。 「……なぁ、フィナ。  アンタ、魔道具に詳しそうだったよな?  アンタはこの首輪、外せないのか?」 先ほどのフィナの考察では、魔道具の知識を持つ者なら、 首輪を安全に外せるかもしれないとのことだった。 フィナは先ほど、テルシェのヤタガラスの短刀が 希少な魔道具であるとすぐに見抜いた。 魔道具に関して、それなりの知識を持っているのは明らかだ。 「……んー、正直、今の段階では何とも言えないわ。  私、魔道具は確かに好きだけど、ディアナとかの  本職の学者に比べたら、大したこと知らないし……。  それに、首に嵌まった状態の首輪なんて満足に調べられないしね」  フィナは難しい顔で、首輪を撫でながら呟く。 そこで、テルシェはようやく、フィナが先ほどから ずっと首輪を弄り続けていることに気が付いた。 (そっか……コイツ、ずっと首輪のことを調べてたんだ……) そういえば、テルシェに方針を説明しているときも フィナは首輪を弄っていたような気がする。 同行者にこれからの方針について説明をしながら、 時間を無駄にしないように首輪のことも調べていたわけだ。 そのことに、テルシェは感心する。 正直なところ、ただの魔道具好きの変人だと思っていたのだが、 どうやらフィナはテルシェが思っていたよりも有能らしい。 そして、ふとテルシェは頭が良くて魔道具に詳しく、 忌み子にも理解があるという条件に、 フィナがほぼ一致することに気が付いた。 人外とも一応は話し合う考えがあるフィナなら、 よほど危険な人外と出会って考えが変わることがない限り、 大人しくて人の良いレミルを敵視することはないだろう。 (……コイツは、しっかりと味方に引き込んでおきたいな。  今のような曖昧な関係じゃなくて、一蓮托生の関係になっておきたい。  もし人外を敵視する連中と組まれたら、レミル姉ちゃんがヤバい) テルシェがフィナを懐柔する方法を考えていると、 フィナは首輪を弄るのをやめて、テルシェに視線を向けた。 「ねぇ、テルシェ。ちょっとアンタの首輪、見せてくれない?」 「!……ああ、もちろん構わないぞ!」 フィナの言葉に、テルシェは弾かれたように答えて、 素早くフィナの傍へと駆け寄って、うなじを向ける。 「さあ、好きなだけ調べてくれ!」 「?……なんか、妙に素直ね?  もうちょっと仕方なさそうにくるかと思ったけど……」 「何言ってんだよ!私だって、首輪を外したいんだ!  このくらい協力するのは当たり前だろ?」 「……ま、それもそっか」 フィナは納得して、テルシェの首輪を調べ始めた。 「継ぎ目……なし……魔力の流れ……なし……  材質はミスリル……少なくとも、表面は……」 ぶつぶつと喋り続けるフィナを、テルシェは固唾を飲んで見守る。 やがて、フィナは一息つくと、テルシェから離れる。 「……どうだった?」 「……自分の首輪を調べていたときに分かったことが  改めて確信できたってくらいかしらね……」 つまり、何も新しいことは分からなかったらしい。 その言葉に、テルシェはがっかりする。 「……やっぱり、首輪のサンプルが欲しいわね」 フィナが難しい顔で呟く。 それを聞いたテルシェが顔を上げる。 「……サンプルって、どういうことだよ?」 「……多少無茶な調べ方をしても問題の無い、  人間の首に嵌まってない首輪が欲しいのよ。  首に嵌まったヤツを乱暴に調べて爆発したら、  洒落にならないでしょ?」 フィナの説明を聞いて、テルシェは納得する。 要するに、人間の首に嵌まっている状態の首輪を調べても、 爆発の危険があるから満足に調べられないということらしい。 「じゃあ、とりあえず誰かの死体を見つけて、  首を斬って剥ぎ取ればいいんじゃないか?」 「……あ、あっさり言うわね……?  死体とはいえ、人間の首を斬るなんて  気分の良いものじゃないと思うんだけど……」 「そんなこと言ったって、やらなきゃアタシたちが死ぬだろ?」 「ま、まぁそうなんだけどさ……」 あっさりと言ってのけるテルシェの言葉に、若干フィナは引く。 やはり、スラム育ちだから考え方が荒んでいるのだろうか。 とはいえ、テルシェの言っていること自体は間違っていない。 (……あんまり、そういうことしたくないんだけど……  でも、こんな状況じゃ仕方ないのかな……) 死体の首を斬るという背徳的な行為。 それをせざるを得ない状況に、フィナは悩む。 「……ん?」 と、そこでテルシェが歩みを止める。 フィナも足を止めて、テルシェに目を向ける。 「どうしたの?」 「……誰かいる」 「っ!」 テルシェの言葉に、フィナは警戒してテルシェの視線を追う。 その先には、手作りの小さな墓の前に立つ二人の人物。 長い金髪の鎧を来た女性と仕立ての良い白いドレスを着た少女で、 少女のほうは涙を流して、墓に手を合わせている。 精霊ドリアードのティマを埋葬した女騎士クリスティーナと 貴族の少女マグダレーネだった。 「……フィナとテルシェか。よろしく頼む。  安心してくれ、君たちは必ず私が守ろう」 お互いの自己紹介を終えた後、クリスティーナが 笑顔を浮かべて、フィナとテルシェに力強く宣言する。 「ありがとうございます、騎士様。  正直、この子と二人だけじゃ不安だったから安心しました」 クリスティーナに対して、フィナはその言葉通りにほっとした様子を見せる。 魔術師とはいえ、戦闘経験のないフィナは子供のテルシェと 二人きりで殺し合いの場を動き回っている状況は不安だったのだ。 フィナは、この状況で出会えたクリスティーナという 頼りになりそうな騎士の存在に心底安堵していた。 「……騎士様に貴族様ねぇ……本当に守ってくれるのか?  危なくなったら、アタシたちを置いて逃げちまうんじゃ……」 一方、テルシェのほうは胡散臭そうにクリスティーナを見ていた。 スラム育ちのテルシェにとって、騎士や貴族という存在は 自分のような貧民を見下すだけの憎むべき存在だったからだ。 しかし、クリスティーナはテルシェの憎まれ口にも 穏やかな表情で答える。 「テルシェ、君が不安に思うのも分かる。  たしかに、騎士の中には君の言うような不届きな輩も存在する。  しかし、私は君たちを見捨てるつもりなど、毛頭ない。  この殺し合いを打破し、巻き込まれた者たちを救い、  元の生活に返してやりたいと考えている。  そのためにも、どうか私に君を守らせてくれないか?」 クリスティーナの言葉と態度は、真摯で誠実だった。 さすがにテルシェもそれ以上憎まれ口を叩く気にもなれず、 面白くなさそうにそっぽを向くだけに留めた。 テルシェの態度に、内心びくびくしていたフィナは 寛大なクリスティーナの様子に安堵する。 ここでクリスティーナの機嫌を損ねて、この殺し合いの場に 放り出されてしまえば、フィナたちの命が危なくなる。 クリスティーナがそんな行動を取るとは思えないが、 それでもわざわざ機嫌を損ねるようなことを言うべきではないだろう。 (……後でテルシェには注意しとかなきゃね……) とりあえず、軽くゲンコツくらいはお見舞いしてやろう。 フィナは心の中でそう決めると、先ほどから気になっていたことを クリスティーナに聞いてみることにした。 「……ところで騎士様、そちらのお墓は一体?  まさか、もう殺し合いの犠牲者が……?」 フィナの言葉に、クリスティーナがいや、と答える。 「……安心してくれ。これは魔物の墓だよ。  マグダレーネ嬢の慈悲で墓を作っただけで、  人間が殺されたわけではない」 「っ……」 クリスティーナの言葉に、今まで俯いて静かにしていた マグダレーネが肩を震わせる。 その様子を疑問に思いつつも、フィナは聞き返す。 「魔物……ですか?それは……」 「……おいっ!そ、その魔物って……!  まさか、額に目のある女の子じゃないよなっ!?」 フィナの言葉を遮って、テルシェが顔に焦燥を浮かべて クリスティーナに迫る。 「?……いや、おそらく精霊だと思うが……。  テルシェ、その額に目のある少女とは何だ?」 クリスティーナは、当惑しつつも答える。 聞き返されたテルシェはハっとすると、みるみる顔を青くして クリスティーナから視線を逸らす。 「い、いや……その……」 「……あ、テルシェ。もしかして、それって……」 フィナが何かに気が付いた様子で、テルシェに言葉を向けようとする。 しかし、それよりも早くクリスティーナが口を開く。 「……そういえば、ここに転送される前の部屋にいたな。  君の言う、額に目を持つ少女の姿をした魔物が……」 「っ!」 思い出すように呟くクリスティーナ。 弾かれたようにテルシェがクリスティーナのほうを向く。 「……あの魔物は危険だな。なまじ人間に似た姿をしているだけに、  額の目を隠された場合は簡単に騙されてしまうだろう。  早々に見つけ出して、仕留めておくべきだな」 「な……!?」 クリスティーナの言葉に、テルシェは愕然とする。 それを見たフィナは、慌ててクリスティーナに言葉を向ける。 「いや、あの、騎士様!  もしかすると、それって魔物じゃなくて、忌み……」 「……そんなこと、絶対にさせるもんかっ!!」 しかし、フィナの言葉は再びテルシェに遮られる。 テルシェはヤタガラスの短刀を取り出して構え、 クリスティーナに突進していく。 「!?……何をする、テルシェ!?  一体、どうしたというのだ!?」 クリスティーナは驚きつつも、すぐに反応して テルシェの突進を回避する。 「うるさいっ!レミル姉ちゃんは絶対に殺させないぞっ!」 「レミル……?さっきから、君は何を……」 「ちょっと落ち着きなさい、テルシェっ!  今、私が説明を……!」 「黙ってろ、フィナっ!  この騎士はここで殺さないと駄目なんだっ!」 フィナの制止をテルシェが怒声で遮る。 そして、テルシェは袋から魔石を取り出すと、 地面に思いっきり叩き付けた。 「……さあ、来いっ!この騎士を殺すんだっ!」 「ば……馬鹿、テルシェっ!?  こんなところで貴重な魔石を……!」 魔石が砕け散り、周囲を光で白く染める。 そして、その光が収まったとき、魔石が砕けた場所には 一匹の魔物が存在していた。 「……は?」 テルシェはぽかんとした顔で現れた魔物を見やる。 その魔物は、幼いテルシェよりも小柄な獣の姿をしていた。 一角アライグマ。 額に角を生やしたアライグマの魔物である。 (よ……よりによって、何でこんな弱そうな魔物なんだよっ!?) テルシェは胸中で悲鳴を上げる。 テルシェの投げた魔石は、召喚の魔石。 使用者の命令を聞く魔物を召喚することができる魔石だが、 召喚される魔物は魔石によって異なっており、 テルシェの支給された召喚の魔石は一角アライグマを召喚する 魔石だったということだ。 「……テルシェ、それは魔物か……?  まさか、君が呼び出したのか……?」 一方、クリスティーナは鋭い目でテルシェを睨んでいる。 テルシェはそれに若干怯みつつも、キっと睨み返す。 「……なるほど、分かったぞ。  君は……お前は、魔物の仲間だったのだな。  その姿は仮の姿……先ほどの魔物を召喚する力からして、  かなり高位の魔物ということか」 頓珍漢な答えを出すクリスティーナに、フィナはずっこける。 「違っ……!?騎士様、あれ、ただの魔道……!」 「はんっ!そう思ってもらって結構だよっ!  どうせ、お前は人外と見たら何も考えず殺すようなヤツなんだろっ!?  それなら、アタシやレミル姉ちゃんにとっては敵だからなっ!  お前がレミル姉ちゃんを殺す前に、アタシがお前を殺してやるっ!」 慌てて訂正しようとするフィナの声を遮って、 テルシェはクリスティーナを挑発するように答える。 「挑発するな、テルシェっ!?  私が説明するから、ちょっと黙……!」 「レミル……額に目を持つ魔物の少女が、貴様ら魔物の親玉か。  ならば、私も全力を持って貴様らを迎え撃とう。  この私がいる限り、貴様ら魔物の好きにはさせんぞ」 「アンタら、少しは私の話を聞きなさいってばぁぁっ!!?」 悲鳴を上げるフィナを無視するように、 クリスティーナはテルシェに向かっていく。 「くそっ……!こうなったら、やってやるっ!  おいアライグマ、アタシを守れっ!」 テルシェの言葉に答えて、一角アライグマは 素早くテルシェを庇うように前に出る。 「邪魔だっ!」 クリスティーナは一角アライグマに剣を振るう。 しかし、その鋭い一閃は小気味の良い音を響かせて弾かれた。 一角アライグマが、額の角でクリスティーナの剣を受け止めたのだ。 「なっ……!?」 クリスティーナは驚愕する。 まさか、こんな弱そうな魔物に自分の剣を防がれるとは 思いもしなかったのだ。 命令を出したテルシェですら、唖然としている。 その結果に驚いていないのは、フィナだけだ。 なぜなら、フィナだけは一角アライグマの強さを知っていたからだ。 「……騎士様、まともに戦っては駄目っ!  その一角アライグマはそんなナリしてるくせに、  トロールすら簡単に倒しちゃう強力な魔物なのよっ!」 「な……何だとっ!?」 フィナの言葉に、クリスティーナは改めて驚愕する。 トロール。 この殺し合いにジョーカーとしても参加している、凶悪な巨人。 並の戦士や魔術師では束になっても敵わない魔物だが、 目の前の間抜けな顔をした獣は、それ以上の強さを持つというのだ。 クリスティーナでなくとも、その事実には驚くだろう。 一方、テルシェはフィナに怒声をぶつける。 「おい、フィナっ!  お前、何でその騎士にアドバイスしてんだよっ!?  どっちの味方なんだ、お前はっ!?」 「少なくとも、今のアンタの味方にはなれんわっ!  ていうか、落ち着きなさいよっ!  何となく、レミルって子の事情は予想付いたからっ!  騎士様だって、ちゃんと説得すれば分かってくれるはず……!」 「生憎だが、私は魔物と慣れ合うつもりなどない」 「だから、魔物じゃないんですってばっ!?  たぶん、レミルって子は忌み……!」 「……やめてください、二人ともっ!」 フィナの説明は再び遮られる。 大声を出して、クリスティーナとテルシェ(一角アライグマ)の 戦いの間に割って入った者がいた。 マグダレーネだ。 彼女は今までティマの死に沈んでいて静かだったが、 二人の諍いが殺し合いにまで発展したのを見て、 たまらず飛び出してきたのだ。 まさかマグダレーネが出てくるとは思わず、 唖然としている三人の視線を受けながら、 マグダレーネは涙目で訴える。 「二人とも、争うのをやめてくださいっ!  私はもう、ティマのような犠牲者を出したくありませんっ!  どうか、お互いに剣を引いてくださいっ!」 「マグダレーネ嬢、下がってくださいっ!  テルシェからすぐに離れるのですっ!」 「いいえ、下がりませんっ!  貴女たちはお互いを誤解しているだけですっ!  話し合えば、きっと分かり合えるはずですっ!」 頑として引かないマグダレーネに、クリスティーナは苦い顔をする。 クリスティーナはマグダレーネを無理やり下がらせようと動くが、 一角アライグマがそれを素早い動きでけん制して邪魔してくる。 的確に動きを封じてくる一角アライグマに舌打ちするクリスティーナ。 テルシェはそんなクリスティーナを警戒しつつ、マグダレーネに問う。 「……おい、ティマのような犠牲者って何のことだ?  そういえば、さっき魔物の墓がどうのって……」 「……ええ、あれはティマのお墓です。  ティマは不幸な誤解から命を落としてしまいました。  しかし、だからこそ私たちは同じ過ちを犯しては……」 「……その不幸な誤解ってのはなんだ?」 「そ、それは……」 マグダレーネは口ごもり、思わずクリスティーナに視線をやる。 ここでクリスティーナがティマを殺したという事実を口にしてしまえば、 テルシェは激昂してしまうと思ったからだ。 しかし、テルシェにとってはマグダレーネのその態度だけで十分だった。 「……そうか……その騎士が、殺したんだな……。  きっと、何の理由もなしに……魔物だからって理由だけで……」 「ち……違いますっ!あれは……事故、で……」 テルシェの言葉を否定しようとするマグダレーネの声も 徐々に力を失っていく。 マグダレーネ自身、ティマの死とクリスティーナの行動に 納得していないからだ。 ティマの件でクリスティーナに蟠りを持つマグダレーネには 自信を持って、テルシェを説得することができなかったのだ。 「……マグダレーネ嬢、もう良いでしょう。  彼女と分かり合うことは、不可能です」 「!?……そんな……騎士様……!」 「所詮は、人間と魔物なのです。  相容れることなど、絶対にありえない。  どちらかが滅びねばならないのです」 「っ……!」 クリスティーナの覚悟を秘めた顔を見て、 マグダレーネは息を呑む。 クリスティーナとて、何も考えずに 魔物を憎んでいるわけではない。 今まで何度も魔物と相対し、魔物と戦ってきた。 時に仲間を失いながらも勝利を収めてきたのだ。 そして、クリスティーナは魔物が仲間や家族を 庇う行動を取るところも見てきた。 決して、魔物に情がないわけではないことも知っている。 しかし、それでもクリスティーナは魔物を、 その仲間や家族も含めて屠ってきた。 その理由は単純だ。 生かしておけば、後に人間を襲うからだ。 可哀想だ、哀れだからと、トドメを刺さずに捨て置くと 殺される人間が、悲しみを背負う人間が増えるのだ。 人間は魔物を殺し、魔物は人間を殺す。 これはどうしようもない、決まりきった世界の理なのだ。 少なくとも、クリスティーナはそう思って、 割り切って魔物を殺してきた。 国のために。人間のために。大切なもののために。 その積み重ねてきた人間としての正義と罪を、 簡単に覆せるわけがないのだ。 クリスティーナの目を見て、マグダレーネは思い知る。 自分のような覚悟を持たない人間には、 この高潔な騎士の意志を変えることはできないと。 「…………」 俯くマグダレーネ。 それを見て、場が落ち着いたと見ると、 フィナはすぐに喋り始める。 「……皆、ちょっと聞いて!  さっきからテルシェやレミルが魔物ってことが  前提になって話が進んでるけど、本当は……!」 「……アライグマ、その貴族を捕まえろ」 「なっ……!?」 「ちょ、テルシェえぇぇっ!!?」 テルシェの一角アライグマに対する命令に、 クリスティーナは目を剥き、フィナは悲鳴を上げる。 一角アライグマは既にマグダレーネを捕まえて、 テルシェの傍へと移動していた。 「……え……?え……?」 捕まえられたマグダレーネ自身は、 状況が分からずに困惑している。 「くっ……!テルシェ、マグダレーネ嬢を放せっ!」 「そうよ、テルシェっ!  アンタ、自分が何をしているか分かってんのっ!?」 クリスティーナとフィナの言葉に、テルシェは冷たい目を向ける。 「分かってるさ。コイツを人質に取っちまえば、  その騎士はレミル姉ちゃんを殺せないだろ?」 「ぐっ……!?」 「……アライグマ。アタシと貴族を抱えて、ここから離れろ」 呻くクリスティーナを横目に、 テルシェは一角アライグマに命令する。 「なっ……!?待て、テルシェっ!」 「……動くなよ、騎士様?動いたら、この貴族を殺すぞ?」 「き……貴様……!」 「……もちろん、お前がレミル姉ちゃんを殺しても、コイツは殺す。  お前が殺してなくても、放送でレミル姉ちゃんの名前が出たら、殺す」 「ひっ……!?」 テルシェの言葉に、マグダレーネが怯えた声を上げる。 その間に、一角アライグマがテルシェとマグダレーネを抱えて、 移動をし始める。 フィナは遠ざかっていくテルシェに、必死に声をかける。 「ま……待ちなさい、テルシェっ!?  今からでも私が説明すれば、きっと……!」 「……そうだな。フィナ、アンタはレミル姉ちゃんのことを  分かってるみたいだから、後でその騎士様に説明してやれよ。  もっとも、説明されたところでソイツは考えを変えないだろうけどな」 「な……!?」 テルシェはそう言うと、一角アライグマの背に乗ったまま、 マグダレーネとともに素早く去っていってしまった。 「……くそっ……!なんということだ……!」 二人が去っていった後、クリスティーナは肩を落として嘆く。 しかし、すぐに気を取り直して去っていった二人を追おうとする。 それを見たフィナは慌てて、クリスティーナを止める。 「待って、騎士様!いくら二人を背負っているからって、  一角アライグマの足に人間が追いつけるわけがないわ!」 「しかし……!」 「あと、ものすごく個人的な理由で申し訳ないけど、  私一人ここに残されても困る!ていうか、怖い!」 「む……」 フィナの必死な言葉に、さすがにクリスティーナも 二人を追うのを諦める。 「そうだな……君を置いていくわけにもいかない。  しかし、マグダレーネ嬢を放っておくわけには……」 守ると決めた者を目の前でさらわれてしまった クリスティーナの顔には焦燥が浮かんでいる。 そんなクリスティーナに、フィナは提案する。 「……騎士様、レミルを探しましょう」 「……何?」 フィナの提案に、クリスティーナは驚く。 「……それは、何故だ?」 「こちらでレミルを確保してしまえば、  レミルが不意に誰かに殺されることはありません。  それにテルシェと再開したとき、こちらにレミルがいれば  マグダレーネ様に対して無茶なことはできないはず……」 クリスティーナは腕組みをして、フィナの提案について考える。 「なるほど……しかし、レミルを確保することなどできるのか?  もしヤツが凶悪な魔物なら、殺さずに捕えることは難しいのでは……」 「いえ、そこなんですが……おそらく騎士様は勘違いをしています」 「……勘違い?」 きょとんとするクリスティーナに、フィナは説明する。 「はい。おそらく、レミルは魔物ではなく忌み子です。  額に目を持つ少女……そんな姿の魔物は、発見されていない。  もちろん、私の知らない新種の魔物という可能性もありますが……」 「……待ってくれ、フィナ。その忌み子とは何だ?」 クリスティーナは疑問に思って、フィナに質問する。 それを聞いて、フィナはようやく理解する。 (あー……この人、忌み子を知らなかったんだ……) 人間と魔物の混血児である、忌み子という存在。 たしかに忌み子なんて珍しい存在だし、普通は一生お目にかかれないものだ。 人によっては、存在自体を知らないこともあるだろう。 「……忌み子とは、人間と魔物の混血児です」 「人間と魔物の混血児……!?そんなものが存在するのか!?」 クリスティーナは驚愕し、狼狽する。 この騎士にとって、そんな存在は想像もできなかったのだろう。 「はい。忌み子は大抵の場合、人間からも魔物からも忌み嫌われますが、  テルシェのように忌み子を慕う人間がいてもおかしくはありません」 「な、なるほど……魔物ではなく、忌み子……。  そして、テルシェは人間ということか……」 クリスティーナは未だに困惑から立ち直れない様子だ。 自分の価値観を覆すような存在について知らされたのだから、 無理もないかもしれないが。 「……騎士様、まだ決まったわけではありませんが、  レミルはおそらく忌み子です。人間の血を引いています。  そして、あの生意気なテルシェが慕っているということは、  凶悪な存在である可能性は低いと、私は思います」 「……しかし……魔物の血を、引いているのだろう?」 「それはそうですが、テルシェのことを考えれば……」 「……テルシェがレミルに騙されている可能性はないのか?」 「!……それは……」 クリスティーナの問いに、フィナは押し黙る。 テルシェがレミルに騙されている。 実はフィナにもその考えはあったのだ。 忌み子はその境遇から、周りに蔑まれる生を送る。 そのせいで、人間を憎む傾向が強いのだ。 忌み子は人間の血を引いていることもあり、 その憎悪は凄惨であり、悲惨だ。 魔物では決して持つことのない、忌み子特有の人間に対する感情。 羨望、嫉妬、悲哀、諦観、それらが混ざり合って憎悪を生むのだ。 そんな存在が、果たしてテルシェと心を交わすことができるのか? できたとしても、その可能性は限りなく低いのではないか? 「……どうなのだ、フィナ?」 「……可能性は、あります」 重ねたクリスティーナの問いに、フィナは固い顔で答える。 それを聞いたクリスティーナは目を細める。 「なるほど……やはり、そういうことか……。  諸悪の根源はレミル……テルシェも被害者ということだな」 「待ってください、騎士様!まだ決まったわけでは……!」 「しかし、君もそう考えているのだろう?」 「か、可能性の一つとしては考えていますけど……!」 クリスティーナは既に、レミルが悪だと半ば決めてかかっている。 フィナはそれを訂正しようとするが、フィナ自身にも レミルが安全だという確信がないので、上手く説得ができない。 しばらく言い合った末、フィナはクリスティーナに提案する。 「……とにかく、レミルを見つけましょう!  実際に彼女と出会って、彼女と話してから判断するんです!」 「……そうだな。今のままでは平行線だ。  細かいことは、レミルを見つけてから考えるか」 お互いの妥協案として、レミルに出会ってから 判断するということになった。 そもそも、どの道レミルは殺せないのだ。 もしクリスティーナがレミルを殺してしまったら、 テルシェがマグダレーネを殺してしまうのだから。 つまり、ここでレミルを善と悪、どちらに結論付けても、 レミルを傍に置いておくことは変わらない。 力尽くで捕まえるか、そうでないかの違いでしかないのだ。 「……少し、長く話し過ぎたな。  すぐにここから移動しなくては……」 「ええ……でも、どうしましょうか?  レミルが忌み子なら、人の多そうな町には  近づかないかもしれませんし……」 「テルシェもおそらくそう考えるだろうしな……。  そうすると、町以外を目指した方が良いかもしれんな……」 レミルの処遇を棚上げした二人は、次に目指す場所に付いて相談する。 「でも、人が来そうにない場所といっても……。  例えば、地図の端っこの森とか……?」 「……さすがに、そんなところを探している余裕などない。  そもそも、レミル自身もそんなところに隠れているだけでは  駄目だと分かっているのではないか?」 「で……ですよね……禁止エリアとかもあるし、  主催者に炙りだされるのは目に見えてますし……」 騎士と魔術師は悩む。 ふと、そこでフィナが名案を思いつく。 「そうだっ!いっそ、町に行って、他の参加者から  レミルの目撃情報を聞いてみませんか?」 「……なるほど、悪くない。  レミル以外の情報も手に入るし、一石二鳥だな。  よし、それで行くか」 目的地を改めて町に定めたクリスティーナとフィナは 荷物をまとめて、歩き出した。 【C−2/森近くの街道/1日目 1:00〜】 【クリスティーナ@騎士】 [年齢]:19 [状態]:健康 [武器]:白銀の長剣 [防具]:鉄の鎧 [所持品] ・クリスティーナの袋  ・基本支給品一式  ・ファイト一発×2 ・ティマの袋  ・基本支給品一式  ・(不明の武器・防具・道具) [思考・状況] 1.殺し合いを止め、主催者を打倒する 2.騎士として無力な人々を守る 3.殺人者や魔物(人外)、ジョーカーは殺す 4.レミルを見つけて、善悪を見極める(その後、確保する) 5.できれば、テルシェとマグダレーネを探したい 6.A−3の町に行って、他の参加者からレミルの情報を得る ※レミルが忌み子だと思っています。 ※レミルが放送で名前を呼ばれた場合、  テルシェがマグダレーネを殺すと思っています。 【フィナ@魔術師】 [年齢]:18 [状態]:健康 [武器]:鉄の槍 [防具]:命中の護符 [所持品] ・フィナの袋  ・基本支給品一式  ・再生細胞クッキー×3 [思考・状況] 1.クリスティーナと行動する 2.レミルを見つけて、善悪を見極める(その後、確保する) 3.テルシェと再開したら、ぶん殴る 4.首輪のサンプルが欲しい 6.A−3の町に行って、他の参加者からレミルの情報を得る ※首輪について、以下のことを調べました。  ・継ぎ目なし  ・魔力の流れなし  ・材質はミスリル(少なくとも表面は) ※レミルが忌み子だと思っています。 ※レミルが放送で名前を呼ばれた場合、  テルシェがマグダレーネを殺すと思っています。 一角アライグマに担がれて逃げ去ったテルシェは、 マグダレーネとともにD−2の森へとその身を潜めていた。 さらわれたマグダレーネはテルシェに怯えた瞳を向けながら、 それでもテルシェを説得しようと口を開く。 「あ……あの……!今からでも、戻りませんか……!?  貴女は、殺し合いに乗っているわけではないのでしょう……!?  だったら、こんなことをしては……!」 「……うるさいな、黙ってろよ。  ていうか、別にアンタを本当に殺すつもりはないよ」 「……え?」 鬱陶しそうなテルシェの言葉に、マグダレーネはぽかんとする。 テルシェは頭をがしがし掻きながら、説明する。 「……殺す気がなくても、ああ言っとかないと  あの騎士がレミル姉ちゃんを殺すかもしれないだろ?  だからって、このアライグマにあの騎士を殺させたら、  フィナとは完全に敵対しちまいそうだし……。  アタシとしては、レミル姉ちゃんを殺させるわけにはいかないし、  首輪を外せるかもしれないフィナと敵対するのも困るんだよ」 テルシェの説明を聞いて、マグダレーネは納得する。 テルシェはレミルを守るためにあんなことを言ったのだ。 クリスティーナとしては、あんなことを言われては レミルを殺せなくなる。 そして、テルシェがクリスティーナを殺さないことで、 テルシェはフィナとの繋がりも残しておくことができる。 テルシェが自分を殺すつもりがなかったこと、 また、クリスティーナを殺すという選択を取らなかったことに、 マグダレーネは深く安堵する。 「……それなら、なおさら戻りましょう。  今からでも戻って、騎士様を説得することができれば、  四人で一緒に行動できます」 「……嫌だね。アタシはあの騎士がいけ好かない。  それに、アイツは説得しても考え方を変えないさ。  アイツはレミル姉ちゃんを見つけたら、必ず殺す。  こうやって、人質でも取っていない限りはね」 「……それは……」 マグダレーネは否定しようとするが、そのまま黙ってしまう。 確かにそうかもしれないと、マグダレーネ自身も思ってしまったからだ。 それどころか、むしろテルシェが作り出した今の状況が 最善かもしれないとすらマグダレーネは思い始めていた。 マグダレーネがテルシェの元にいれば、 クリスティーナはレミルを殺さない。 そして、クリスティーナがレミルを殺さないなら、 テルシェがクリスティーナを殺すこともない。 マグダレーネはレミルを守るための大事な人質なので、 否応なしにテルシェ(一角アライグマ)が守るだろう。 フィナのほうは当然クリスティーナが守るに決まっている。 この状況こそ、誰も被害者が出ない最善の状況なのではないか。 マグダレーネはそのように考え始めていたのだ。 そんなマグダレーネに、テルシェが話しかけてくる。 「……それにしても変な奴だな、アンタ……。  お偉い貴族様のくせに死んだ魔物のために泣いたり、  アタシやレミル姉ちゃんのことを庇ったりして……」 「それは……だって、皆仲良くできたほうが良いでしょう?  貴族とか魔物とか、そんなことは関係ないじゃないですか」 「…………」 テルシェは奇妙な生き物を見るような目で、マグダレーネを見る。 「な……何ですか、その目は……?」 「いや……とにかく、アンタは人質だ。  言っておくけど、逃げるなよ?」 「……安心してください、逃げるつもりはありません。  もし私が逃げても、私が殺される可能性が増えるだけですから」 「……ま、確かに……アンタの立場だと逃げても意味ないしな」 きっぱりと言うマグダレーネに、テルシェは一応納得する。 「……何にせよ、よろしく頼むよ、貴族様。  お願いだから、手間かけさせないでくれよ?」 「はい。よろしくお願いします、テルシェさん」 皮肉げに言葉を投げるテルシェに、微笑んで返答するマグダレーネ。 そんなマグダレーネの反応に、テルシェは思わず脱力してしまう。 (……調子狂うな、コイツ……。  まぁ、面倒がなさそうで助かるけど……) 抵抗するつもりがないのはありがたいが、 クリスティーナとは違う意味で苦手な性格のマグダレーネに、 テルシェは辟易するのだった。 【D−2/森の北側/1日目 1:00〜】 【テルシェ@スラム育ちの子供】 [年齢]:11 [状態]:健康 [武器]:ヤタガラスの短刀 [防具]:なし [所持品] ・テルシェの袋  ・基本支給品一式  ・ミスリルの鎧 [思考・状況] 1.レミルを探して合流する 2.人外(忌み子)に害意を持つ参加者は殺す 3.マグダレーネを人質として確保しておく 4.首輪を外せるかもしれないフィナとは敵対したくない ※レミルが忌み子だと気が付いています。 (レミル本人はそのことを知りません) 【マグダレーネ@貴族】 [年齢]:12 [状態]:健康 [武器]:なし [防具]:なし [所持品] ・マグダレーネの袋  ・基本支給品一式  ・(不明の武器・防具・道具) [思考・状況] 1.人質として、テルシェの傍にいる 2.できれば、クリスティーナとテルシェを和解させたい ※人質としてテルシェの傍にいるのが、現状では最善と考えています。 ※ティマの死に対しては、ひとまず立ち直りました。 【一角アライグマ@召喚された魔物】 [年齢]:不明 [状態]:健康、テルシェに服従 [武器]:なし [防具]:なし [所持品] [思考・状況] 1.テルシェの命令に従う